Archive for category 本 周辺

本原令子『登呂で、わたしは考えた。』

本原令子『登呂で、わたしは考えた。』

けったいやわぁ。
たしか4年前、初めて世沙弥に現れた時、
服装、言葉遣いはごくごく普通、しかし
どこか漏れてくる細胞光が独特。

世沙弥で『令子の部屋』が二度。
藤原辰史、立木康介、各回京大教授を
相手にトークショー。

「登呂で家、建てます」みたいなことを
言ってたような。
それが本になった。へえ〜

土から器。土から稲作。
単純な土さえあれば、からの・・・
なんで?から始まる愉快な人間学のミステリーツアー。
陶芸、農業、考古学あたりから始まって、
哲学、微生物学、建築、宗教、環境、エロス、
あらゆる狭い範疇の学問を軽々と飛び越え、
あれこれ動いて、作って、触って、食べて、
考えるってこんなおもろいことなんや。

 

 

2018年 ふりかえって

2018年 ふりかえって

1)サディスティック・ミステリーツアー
*金沢   〜アペルト08 七搦綾乃    蕎麦(更科藤井)
*多治見  〜  意匠研究所     蕎麦(仲佐)

2)MKタクシー会
*内子座文楽                                       蕎麦(下芳我邸)
*台湾アートツアー      『筑馨居』台南家庭料理
*高知〜岡上淑子・絵金
*岐阜〜郡上鮎

3)古典芸能
雀太・織太夫・幸四郎

4)映画
沖縄スパイ戦史・太陽の塔・愛と法

5)その他
*  アトリエインカーブのキュレーション
〜 打上彦行企画 自画像を描く

*  BS プラス10  アート大阪でコレクターインタビュー受ける。
〜 この時に、倉崎綾希に注目。
その後ANKNOWN ASIAでも注目浴びる。

*  能楽師・安田登の芭蕉研究が面白い。

『 社会を希望で満たす働きかた 』今中博之 著

<ソーシャルデザイン>
このシャープな切り口で、
福祉と市場経済とアートを論じる。

ある種の決まり文句で硬直化しがちなこのテーマに、
怒り、希望、を縦軸に、
社会学、宗教、美学を横軸に
具体的に「アトリエインカーブ」での
ラディカルな実践を
隠すところなく語り続ける。

何よりも全国の芸大美大出身の若者たちが、
一人の漢(おとこ)を慕ってあつまってくる。
デザイン力で社会は変わる。
同時代を生きるものとして、誇りでもある。
目が離せない。

『 社会を希望で満たす働きかた 』
今中博之 著

『現代芸術のエポック・エロイク』

チャーミーがボロ家の外でないてます。
そんな時間は先輩から借りた本を読みまする。

『現代芸術のエポック・エロイク』
〜パリのガートルード・スタイン

金関寿夫さんが1990年『ユリイカ』連載。
軽いエッセイ風が粋っす、
かるく読売文学賞もろてはる。

『直島誕生』秋元雄史

利休であれば、名物を有難がる価値観を否定して
一気に<わび茶>につきすすんだ10年間の具体的な
動きを知りたい。
民芸運動であれば、柳宗悦が雑器、職人をどう紹介したか、
関東大震災後の10年の展開を知りたい。

直島であれば、目にしている。
みるみるうちに世界的な瀬戸内芸術祭に。
ベネッセハウスのオープン直後から宿泊している。
しかし、同時代にみてきたはずの現代アートの動きも
もはや証言者によって大きくちがってきている。

『直島誕生』はこの画期的な美術運動の初期、
1991年から2006年までの15年間に絞った
秋元雄史によるドキュメント。
作品、作家をみてきているだけに、面白みは10倍増。
アートの本にもかかわらず、写真紹介が皆無。
権利問題が絡んだ故のことだろうが、
結果として、文章のみが読み手を引きずり込む。

安田登 『能』

安田登『能』
『風姿花伝』読み解き切り口が鮮やか。
そして『奥の細道』から芭蕉の人物像に迫る
サスペンスにまいりました。

この作者のものを読みたい。
新作『身体感覚で『論語』を読みなおす。』
<論語>に興味はないが、トライの価値はありそう。
旧作『本当はこんなに面白い「おくの細道」』
こちらはもちろんどっぷりたのしめそう。

『バウハウスと茶の湯』山脇道子

山脇道子
『バウハウスと茶の湯』

バウハウス:予備課程での
カンディンスキーの週一の授業や
専門コース・織物科の授業の詳細が
図版(全部で180点)で紹介されている。
これは興味のないものでも惹きつけられる。

バウハウス、茶の湯、民芸、普段遣いのなかにも
極限まで無駄を省いた先に残る調和。
100円ショップにも存在感を示すものはある。

道子さんのコメントに
「 最近は、合理主義、機能主義の中にも
わずかな「 間」が欲しいという気持ちが
生まれています 」

この<あわい>こそが日本人の美学の
究極のポイントですね。

『俳人風狂列伝』 石川桂郎

『俳人風狂列伝』 石川桂郎

テクスト論は、俳句なら俳句17音だけを享受する。そこに作者
はいらない。ロラン・バルトの提言ですね。短歌を読み解く際に、
作者の年齢、性別、犯罪者であろうとLGBTであろうと、一切関係
ない。塚本邦雄はつねにそう主張しました。

分け入つても分け入つても青い山
山頭火に瞬殺された。あなたならどうする?もっとほかの俳句を
知りたい。いろんなテクストを渉猟する。それから。
作者は、どんな人?どんな境遇?最期は?
放哉にも同様の興味はわきますね。自由律の俳人には特に作者自
身の背景から句の奥を読み解きたい芸術的好奇心がかきたてられま
す。

俳句と風狂は合っている。作品以上の風狂の生き様をみたい。そ
んな衝動をこの列伝はみごとな距離感で作者にきわめて近い場で端
正に寄り添って紹介している。
放哉、山頭火、三鬼、東洋城、知っているにはこの四人まで。全
部で11人。しかしその三鬼でさえ、抱いてきたイメージとは大き
く違っていました。三鬼の場合はほかと逆で、すさまじくアナーキ
ーな人生と思いきや、意外ときちんとした歯科医でありました。

夜濯ぎの一夜妻待つ古雑誌 : 田尻得次郎
冬を生き人の遺品を身に纏ふ : 岩田昌寿
黛を濃うせよ草は芳しき : 松根東洋城
秋風に言ふこともなく別れけり : 相良万吉
藁巻きこむ牛の厚舌走り梅雨 : 阿部浪漫子

『陰謀の日本中世史』

『陰謀の日本中世史』 呉座勇一

陰謀論、フェイクニュース、
SNS時代にはいってますますひっかけやすくなっている。
心理学的要素も大きい。
歴史はいつも勝者が語り継いだもの。
その裏にいくつものデリケートな事実がある。

『応仁の乱』と同様の手法。
細かい歴史上の文献にあたって、
かつ現代の歴史学者の論文を比較検討、
批判を加えながら論をすすめていく。
気になったのは文体。
前著の心地よいリズムが欠けていた。

『上方落語史観』

『上方落語史観』 高島幸次

上方落語のネタから
とんでもないエピソード、故事来歴が
ポロポロこぼれでてくる。

古文書や歴史物語から引用、
解き明かす場合が多いのが通例やけど、
ひっぱってくるネタ元のカテゴリーが
現代風俗から映画、オペラ、アート、グルメ、
う〜ん、ジャンルの広さにたのしくうかれてしまう。

<よお知らんけど> フレーズを連発しながら、
上方の皮肉、ブラックのスパイスが十分効いてます。

最近の噺につまらん地口オチが多いのも、白ける要因やったけど、
その元ネタが現代の常識では理解できなくなってるから
やむなくてっとりばやくて作りやすいサゲに変えてる、
ちゅうことがよおわかりました。


Parse error: syntax error, unexpected '<' in /usr/home/taizoo/taizoo.com/blog/wp-content/themes/arclite-tz/footer.php on line 3