わっけわからん『芸術の陰謀』 

大阪駅でばったり会ったふたり。

「どこいくの?」
「京都」
「どうしてそんな嘘つくの?」
「???」

京都とこたえておけば、
<はは~ん、ほんとは神戸にいくのにちがいない>
、とこっちが推測するだろうとみこして、
わざと京都と嘘をついている。

<ほんとに京都にいくつもりの人が
ほんとのことを言うはずがない>
という暗黙の了解がまずあります。
それを意図的に逆のことをいってると
解釈すると、はじめの会話の展開になります。

これは、ほんとのことをいったら、かえって嘘になってしまう、
という心理学の小話です。

ボードリヤールの『芸術の陰謀』
<現代アートが無価値・無内容>であるはずがないという
思い込みと実体評価の屈折、ねじれの複雑な回路。

<わっけわからん。この作品の一体どこがおもろいねん?>
ほんまに、ゴミか?価値あるものか?
アートに限ったことではないでしょう。
小説、短歌のジャンルも同様。
俳句はそもそもが軽み、諧謔、機智の世界。
脱臼、肩はずしはお手のものですから、
現代アートと一番近い人種があつまるんでしょう。