『むら玄』。
有馬はなんどか食べていますが、
芦屋川ははじめて。
ご主人が急に亡くなられてもう1年に
なるでしょうか?
蕎麦屋さんを始められてまだ10年は経って
いないでしょう。オープン1カ月前に遡ります。
そのころ、わたしは大分の清川村で
農家に胡麻栽培のお願いと指導に通っていました。
おいしい蕎麦をたべさせてくれると、
つれていってもらったのが、
湯布院の『泉』。
2Fには大きな書が架けられています。
コシノヒロコさんの作品。
ヒロコさんのパートナーの写真家の方が
ここで蕎麦打ち修業して、もうじき有馬で店を
オープンする、その手伝いに関西まででてくる、
というような雑談になっていました。
世沙弥の蕎麦の捏ねばちと蕎麦切り俎板は
ここの御主人にお願いしたものです。
『むら玄』は開店するや、マスコミにもとりあげられる
話題店となり、たちまちに芦屋にも支店。
たちまちにミシュラン。
そして、たちまちに急死のニュース。
弟子筋のまだ若いカメラマンの水死と
偶然にも同じ日という悲報におどろきました。
芦屋川むら玄。
打ち手の神経がいきとどいた洗練のそばでした。